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法政大学経済学部同窓会経済学部のひろばゼミOG・OB会だより>2013年度
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ゼ ミ O B ・ O G 会 だ よ り (2013年度)
【2013.11.16】つる見ゼミOB・OG会(つる見会)報告※「つる」は雨かんむりに[金鳥]
 私たちつる見ゼミナールは40周年記念OB・OG会を11月16日(土)に市ヶ谷キャンパスにて開催いたしました。
 当会は一次会105名、二次会80名とつる見教授、つる見教授の奥様、廉教授とたくさんのOB・OGの皆様、現役生が集まり、世代を超えて大いに盛り上がり、賑やかな会となりました。ここで会の内容の一例をご紹介します。
 まずつる見教授による自身の40年の研究を総括しつつ、現代経済事情を踏まえた特別講義を行われました。OB・OGの皆様にかつて授業を受けた学生当時を思い出しつつ新鮮な気分を味わえたと喜んでいただけました。
 思い出ムービーでは、教授の40周年を振り返り、多くのOB・OGの皆様からそれぞれの世代の写真をお借りして制作したムービーとなっています。僕たちは知らない若いころの髭の生やしていたつる見教授など、様々な知らない一面が見ることができ、それぞれの話題が広がっていきました。
 そしてたくさんのOB・OGの皆様とともに二次会では毎年恒例の校歌斉唱を行いました。教授を通して生まれた結束をこの瞬間が一番強く感じます。
 この様なイベントをしながら、あっという間に6時間という時間が過ぎていきました。お集まりいただいた多くのOB・OGの皆様と楽しい時間を共有することができ、つる見ゼミの一員であることを幸せに感じました。
 これから先もつる見ゼミOB・OG会はOB・OG様による実行委員を通じて、毎年開催されます。またつる見教授を中心に輪になって色々と世代を超えてお話をする楽しい時間が続く、一年に一回の機会を待ち遠しく思います。(文・経済学部3年 小川貴士)(画像をクリックすると大きな画面が出ます

恒例の校歌斉唱
恒例の校歌斉唱
つる見教授による特別講義
つる見教授による特別講義
一次会での記念撮影
一次会での記念撮影
記念品の特製コースター
記念品の特製コースター

【2013.5.9】法政大学名誉教授山本弘文追悼文集発刊について
山本弘文追悼文集
 表題の追悼文集は、3月31日山本先生のご子息潤一様ご夫妻の出席のもと、東京スカイツリー見学ののち錦糸町東武ホテルで披露されました。タワー眼下の北十間川南側は、明暦の大火の後埋め立てられ基盤上の家並みが造られ武家の下屋敷となり、吉良邸や勝海舟、ウイーンの会議で選ばれた百人の偉人として葛飾北斎の生誕の地であります。北側は、農地で維新後の町づくりでも迷路の様が見られました。
 追悼文集は当ゼミ同窓会で発行されたもので、昭和30年山本ゼミ開講され58年経ち現在315名ほどの会員で、ゼミOB会から平成6年ゼミ同窓会と致し、毎年総会旅行を致し山本先生の卓話を頂きゼミ会報も発行して会員との交流に勤めて参りました。文集として、喜寿(平成11年7月)・開講50周年(平成18年5月)・米寿(平成22年8月)記念集を発行、会員の研究発表の交流親睦の場として参りました。
 今回の追悼文集は、先生の経歴・業績紹介を致し先生の学究の傍ら教育者としてのご活躍を垣間見るものとしました。哲学博士手塚甫先生の「ウイーンの山本先生」はその間の様子を示されています。たった1年余のウイーン留学でしたのに感じ入ります。
 昭和40年代の山本先生が学生部長された折、大学紛争が起こり、全共闘と対峙され石礫のあるような団交で肝で受け止め、相手が忘れた頃相手の言動をオオム返しで発して解決したと仰っていました。また単身で、革マルの拠点に乗り込んだお話も聞きました。荒廃した大学の建て直しに多摩校地が選ばれその推進をされました。
 平成16年多摩キャンパス開設二十周年祝賀会がなされましたが、当時の立役者の登壇を設けなかったのはおかしなことでした。私が法政二高の育友会会長の折、昭和63年だったか法政大校友会の木月土地不正売却事件が起こり、山本先生は処理されました。私が評議員の頃大学の財政は毎年5億円の卒業生からの寄付を仰がなければ難しいとされていましたが、退職者年金の減額の事で山本先生の支持を得て解決したと、佐々木隆雄先生の弔辞に記されています。
 卒論の返却整理や八王子の家の書庫整理をゼミ幹事で致しましたが、生徒に向き合った書物があり先生の教育に対する真摯な取り組みをひしひしと感じるものでした。先生が戦争でのつらい体験を文章に書かれず、いつもお話でされ、敵戦車のしたにもぐった事やマイナス40度の極寒の中での使役されたことや、ロスケとの交渉、特攻機の見送りなど、図らずも先生の詩集で垣間見ることが出来ました。
 大内兵衛元総長の書で中村哲元総長の絵で「花葵ではなくてハワイに多い花と申します」との一幅の掛軸は先生に山本先生に贈られた法政大学の正常化と発展に尽くされた事へのご褒美でした。平成18年旧制金沢四高訪問の折先生から伺いお部屋に×ことをお勧めいたしました。この追悼文集は法政大学の未来の在り方を問うたものと言えましょう。
 我々を最後まで目に掛けて頂き誠にありがとうございました。この文集の紹介とします。合掌. (文・山本弘文ゼミナール同窓会長 林恒雄)