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 (火・水・金曜 9時〜16時)
法政大学経済学部同窓会同窓会特別講座>「平和祈念碑」建立の時といま
同窓会特別講座

「平和祈念碑」建立の時といま −学徒出陣70周年の年に想うこと− 
加藤 毅 経済学部同窓会副会長/平和祈念碑建立特別委員

平和記念碑



 「学徒出陣70周年」にあたる2013年12月に開催された、法政大学主催の公開シンポジウム「学び舎から戦場へ」において、経済学部同窓会が1996年3月に建立し、法政大学に寄贈した「平和祈念碑」について報告する機会が与えられた。(このシンポジウムについては、このホームページの「経済学部のひろば・同窓会だより」に馬鳥氏から報告、紹介されているので参照されたい。)
 今回の報告の機会は、法政大学史委員会委員である高蜿r男国際文化学部長から与えられたものであるが、村串名誉教授がシンポジウム当日に日本におられないと言う事情から、平和祈念碑建立特別委員の一人であった私、加藤が報告を担当した。同窓会として、有難い機会が与えられたと感謝したい。
 報告すべき内容については、17、8年以前のこととはいえ、余り個人的な記憶によることは避け、馬鳥明成さんが収集整理して下さった諸資料に基づくものとした。学徒出陣70周年であることを意識し、碑の建立を強く提唱され、学徒出陣の体験を持つ当時の先輩会員の“熱い思い”に沿うものであるようには心がけた。また、多摩キャンパスに建立された「平和祈念碑」の実物をご存知ない方が残念ながら意外に多い、ということも考え、同窓会事務局が保管している多くの写真も供覧して、映像で実感して頂きたいと写真を交え48ページほどのパワーポイントを作成した。

 報告を準備する中で、幾つかの強い想いにとらわれたが、報告の中へ含められたことと、含め得なかったことがある。「平和祈念碑」を建立した経済学部同窓会の一員として、そのことについて書いておきたい。
 報告の中に組み込むことが出来たと思うことは、先述した学徒出陣を体験して来られた先輩たちの“熱き思い”であり、碑の建立にかけた情熱についてである。当時の同窓会は生まれたばかりであったのだが、学徒出陣の体験は持っていなくとも、肉親の出征や戦死、空襲による被災、疎開、極度の食糧不足、戦後の混乱など、死をも含む戦争のもたらしたさまざまな負の体験を持つ後輩の会員も多く、同窓会が後輩たちに伝え届けるべきメッセージを碑(いしぶみ)に残すという仕事への熱気は、同窓会の隅々まで溢れていた。そのことは大学の内外にも伝わってゆき、予想をはるかに上回る方々から寄金が寄せられることになったことにも表れていると言えよう。
 伝えたいメッセージを、留学生、とくにアジアから法政に学びに来た学生にも伝えたい、その為の訳文碑の敷設もその一つの表れであり、これからの同窓会が果たすべき仕事、役割の一つの方向を示すものだったこと間違いないであろう、それらのことは報告に盛り込むことが出来たように思っている。

 死と隣り合わせた戦場での体験を持つ先輩たちの、戦争の実態への怒りと疑問、死せる仲間への尽きない鎮魂の思いなどに裏付けられた“戦争を憎み”“不戦を誓う”気持ちの深さに踏み込んで考える時、私の報告はあまりに底浅いものであったと言わざるを得ない。先輩たちは、率直に「疑いを持たずに戦場へ赴いた自分」について語ってもいる。そのことに触れる余裕もなかったが、碑文を起草した根上淳(森不二雄)先輩に代表される“熱き思い”の他に、野村茂男先輩が碑の除幕式の当日に「思いきって持参」された「日の丸の旗」について少しふれた。学徒出陣から戦場に臨んだ出陣学徒たちは、恩師や友人、知人ほか多くの身近な方によって寄せ書きされた日章旗を戦地に持参されたのだが、その日野村さんの持参された日章旗には、「復興 亜細亜 大川周明」とだけ書かれていた。当時法政大学には「大陸部」があり、その学生であった野村さんは、のちにA級戦犯になる大川周明大陸部長の揮毫した“日の丸の旗”を襷にかけて出征したと語ったのであるが、同時に「マインドコントロールされて」疑うことなく戦争に行ったと語られたことだけを、その日の丸の旗と共に紹介した。

 殆ど報告の中に入れ得なかったことは、同窓会の“熱い思い”を込めて建立した「平和祈念碑」のメッセージが、どのように今の学生たちに伝わっているか、ということである。この一年ないし二年の間に、具体的に戦争を感じさせる政治的な状況が強まっているように感じるが、そんな状況であればこそ、碑のメッセージがどのように伝わっているのか、或いはいないのか気になるところである。一方で、碑を建立した同窓会は、碑のメッセージをより強く、より意味あるものとして伝えてゆく、いわば建立後の努力をしてこなかったという慙愧な思いもある。報告を、「この碑(いしぶみ)のメッセージは、どのように若者たちに伝わっているのだろうか」と結んだが、自分たちのし残した課題を自ら明らかにせねばならないという想いも込めた積りでいる。

 2016年に、「平和祈念碑」建立20周年を迎える。単なる周年記念行事を超えた取り組みをなすべき時に至ったのではないか。そのように思っている。


平和記念碑

(祈念碑除幕式の際の一幕、左から当時の神阪同窓会長、下森法大総長、村串経済学部長)


〔 碑 文 〕

多くの学生が業なかばにして
軍や工場に動員され
学園と学問を放棄せざるをえない
不幸な時代があった
50年前のことである
君たちは決して
そのような青春を送ってはならない

  1995年8月
法政大学経済学部同窓会





加藤事務局長 加藤 毅 (かとう たけし)

1937年 東京都文京区生まれ
1960年 法政大学経済学部経済学科 卒業
酒井医療株式会社代表取締役社長、相談役などを経
て、一般財団法人古川医療福祉設備振興財団理事。
経済学部同窓会では、副会長、事務局長代行、平和
祈念碑建立特別委員(当時)を勤める。