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法政大学経済学部同窓会同窓会特別講座>人種「差別」と人種「偏見」
同窓会特別講座

人種「差別」と人種「偏見」――アメリカ合衆国最高裁判所「ブラウン判決」60周年にあたって――
片桐 康宏 九州産業大学国際文化学部教授

著者近著(邦文) 著者近著(英文)
著者近著『大学で学ぶアメリカ史』(左は邦文、右は英文)
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 日本においては従来、アメリカ合衆国に関する知識、情報の多くが、ニューヨークや首都ワシントンに代表される同国の東海岸地域、もしくはロサンジェルスやサンフランシスコを置く西海岸地域から発信され続けてきたことを、否むことは出来ない。それを一つの大きな理由とし、アメリカの南部地域(東はヴァージニア州やフロリダ州に始まり、西はテキサス州に至るまで)に関しての知識、情報は、比較の問題として乏しく、伝統的農本社会としての、どこか牧歌的な風景、風情を想起させる地域を思い描くかもしれない。確かに、アメリカの南部は、白い大輪の花を付けるマグノリアの香りの下で、まるで大河ミシシッピー川の流れの如く、ゆっくりとした時の流れを見つめてきた、「古き良きアメリカ」が点在する地域でもある。しかし同時にこの南部は、歴史的にながきにわたり、黒人奴隷制という呪縛とその負の歴史的遺産に囚われ、白人・黒人間人種関係分野における、人間の「醜さ」と「勇気」の双方を、20世紀中葉に至るまで如実に露呈させ続けた、アメリカの一大地域でもある。

 本拙稿を記している今年、2014年は、上述のアメリカ南部地域を席巻することとなる「ブラウン判決」(「ブラウン」とは原告者の名字)を、首都ワシントンに所在する合衆国最高裁判所が下してから、ちょうど60年の節目を迎える年となった。人間に例えれば、まさに還暦ということになり、自己の半生を振り返り、様々な思いや想いが去来する節目の年にあたる訳であるが、アメリカ史において、画期的な最高裁判決の一つとして必ず数えられることになる同判決により、南部諸州で(並びに、アメリカのお膝元である首都ワシントン特別区でも)行われていた、公立学校における、法律による白人・黒人間人種分離教育制度が、合衆国憲法違反とされたのである。直接的にはこの「ブラウン判決」は、小学校から大学機関に至るまでの公教育分野における、人種別学制度の撤廃を促したものではあったが、同時にまたこの最高裁判決は、その後の1950年代後半から1960年代後半まで続く、アメリカ南部における黒人公民権運動推進のための、いわば「起爆剤」ともなる。

 第二次世界大戦終結直後から1960年代半ばにかけての時期における、アメリカ南部政治の最も顕著な特徴は、白人・黒人間人種関係分野における社会・政治的変革に対しての、一貫した抵抗姿勢にあった。つまりこの時期、公職者としての南部白人政治家・官僚達に課せられた重要な職責は、「南部白人の伝統的生活様式」を守り抜くことにあり、換言すればそれは、いずれは白人の社会・政治・経済的な特権的地位を脅かすことになろう、南部黒人による「人種平等への希求」の道を閉ざすことであった。1954年に合衆国最高裁が「ブラウン判決」を下すと、いわばアメリカの「良心」を代弁したこの判決内容を不服として、公教育制度における人種統合への移行を全面的に阻止するための抵抗運動が、南部白人の手によって展開される。

 アメリカ史の中の固有名詞として、「マッシブ・レジスタンス」(「マッシブ」とは「大きな塊のような」という意味を持つが、ここでは「一歩たりとも引かない」との含意が読み取れる)と称される、南部白人によるこの抵抗運動は、当初は「ブラウン判決」に的を絞ったものであったが、後には、南部黒人公民権運動全般や、さらには公民権政策を推進し始めた合衆国政府に対する抵抗運動へとも発展をしていく。特に、歴史的に黒人人口が集中していた、ルイジアナ州、ミシシッピー州、そしてアラバマ州を中心とする、地理的に「深南部」と呼ばれる諸州における、白人による「マッシブ・レジスタンス」には凄まじいものあり、黒人、白人を問うことなく、公民権運動活動家達やその支持者達が、南部諸州が固有に持つ「州権」(ないしは州主権)を踏みにじる「トラブルメーカー」として、そしてさらには、冷戦下にあったアメリカにおける共産主義者、共産主義同調者として目され、反共の旗印の下、「思想の疑わしき者」としてのレッテルを貼られていくのである。

 合衆国最高裁による「ブラウン判決」から10年を経た1964年夏に、南部諸州選出議員達の反対を乗り越え、連邦(合衆国)議会により、「1964年公民権法」が制定をされた。本年、記念すべき制定50周年を迎えるこの国法は、人種分離教育制度を温存し続けていた学校区に対する連邦政府助成金支出の凍結を規定し、また人種、肌の色による分離・差別を、私的な宿泊施設やレストラン等に対しても禁止をしたもので、アメリカ史上、最も包括的な公民権法となったのである。こうして、もがき苦しんだ末のアメリカ南部社会は、1960年代後半になってやっと、人種分離・差別制度という、いわばアメリカの「原罪」と向き合うことを迫られ、それまで法制度に支えられてきた人種「差別」の撤廃が、徐々に進められていくのではあるが、その一方において、アメリカ北部地域や、西部の都市部において、法制度によらない事実上の人種分離・差別が存在し、さらには心の問題としての人種「偏見」が、社会に深く根を下ろしていることが明白となる。まさに、「南部のアメリカ化」が進行し始めたかのように思われた時に、同時に「アメリカの南部化」が指摘されることとなってしまったのである。

 エイブラハム・リンカーン大統領により「奴隷解放宣言」が発せられてから、ちょうど100年目にあたった1963年に、アメリカの首都に20万人もの参加者を集めて開催された「ワシントン大行進」において、公民権運動指導者として名高いマーチン・ルーサー・キング牧師が、有名な「私には夢がある」演説を読み上げたことは、広く知られている。近い将来、国家としてのアメリカが、人種対立や憎悪から解放されることを信じたキング牧師(1968年に、白人暗殺者の凶弾に倒れてしまう)は、この演説において、「いつの日か、私の小さな4人の子供達が、肌の色ではなく、人格によって、周囲の人々に判断をされるような国に住むことが出来ること」を願ったのである。

 アメリカ南部地域において、制度に支えられた人種「差別」が撤廃をされてから、既に随分と久しいが、人間一人一人の心の問題としての人種「偏見」が、キング牧師の言葉にある「人格」を曇らせてしまうことのないように、そしてこの「偏見」が、「差別」の再生産へと繋がってしまうことのないように、バラク・オバマ大統領がその舵取りをする今日のアメリカにあっても、人間、すなわち「ジンカン」にかかわる事象における徳と英知が、必要とされ続けているのではないであろうか。

(編集部注、数年前に日本でも上映されたアメリカの映画「ミシシピー・バーニング」は、筆者のいう『白人による「マッシブ・レジスタンス」』に対するFBIの闘いを描いたもので一見に値する。)

片桐康宏教授 片桐 康宏(かたぎり やすひろ)

略歴:
・1960年 東京生まれ
・1979年 法政大学経済学部入学
・1982〜83年 法政大学奨学金留学制度により、米国テキサス州ベイラー大学留学
・1984年 法政大学経済学部卒業(経済学士)
・1984〜89年 株式会社日本交通公社勤務
・1991年 国際基督教大学大学院行政学研究科博士前期課程修了(行政学修士)
・1992〜94年 フルブライト奨学金留学制度により、米国南ミシシッピー大学大学院留学
・1997年 国際基督教大学大学院行政学研究科博士後期課程修了(博士(学術))
・2002年 米国ミシシッピー州歴史協会最優秀学術図書賞受賞
・2003年 法政大学経済学部同窓会第11回森嘉兵衛賞(A賞)受賞
・東京、神奈川に所在する私立大学2校における常勤教員職歴任後、2013年より、九州産業大学(福岡県福岡市)国際文化学部教授
・2014年 九州産業大学学術研究功績賞受賞

著書:
・2001年 The Mississippi State Sovereignty Commission: Civil Rights and States’ Rights(米国ミシシッピー大学出版会)(森嘉兵衛賞受賞書)
・2014年 Black Freedom, White Resistance, and Red Menace: Civil Rights and Anticommunism in the Jim Crow South(米国ルイジアナ州立大学出版会)
・その他、『大学で学ぶアメリカ史』(2014年、ミネルヴァ書房)等、日英両語による共著、学術論文多数