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法政大学経済学部同窓会同窓会特別講座>定年後をどのように過ごすか
同窓会特別講座

定年後をどのように過ごすか―ボランティア・レジャー論
村串 仁三郎 法政大学名誉教授

 団塊の世代が、定年を迎えて、第二の人生をどのように生きていくか、思い惑っている人が多いと言われて久しい。働き蜂だった日本人は、突然仕事を失って茫然自失し、自宅に閉じこもり、ぬれ落ち葉などという汚名を着せられたり、ある人は、うつ病にかかって生きる気力を失っているとか。
 働き蜂集団の日本人が働き過ぎから解放されえるために、かつて、私は、レジャーの勧めを提唱し、みずからレジャー研究に励んだことがある(1)。
 イギリス留学中に、イギリス人から何故に日本人はあんなに働くのか、ハツカネズミが歯車の中で動き回っているみたいだ、などと指摘されて、答えに困ったものである。だから自らイギリス人のようにレジャーを体験して、レポートしたりしたこともある(2)。
 イギリス人のレジャーで感心したことは、安上がりで実に健全なウォーキングというものであった。イギリスの国民は、18世紀末から19世紀前半の産業革命期以来、工場のボイラーや暖房用の暖炉から排出される石炭の排気ガスやばい煙を避けて、週末や夏休みにカントリーサイド、つまり都市から離れて、郊外の農村や牧場、僅かに残された森林や湖水に行って散歩、英語ではウォーキングして英気を養うのを慣習としてきた。
 戦後、その場の多くは、国立公園とされ、イギリス人のレジャーの主流であった「ウォーキング」の場となったのである。今でも週末に、雨でも降らなければ人びとは、一斉にマイカーやバスでカントリーサイドにくり出し、ウォーキングをしては、合間に持ち寄ったティーやサンドイッチやクッキーを取り出しては食べ、終りにパブによってはビターを飲んでは、楽しんでいる。
 私は、イギリスのウォーキングの場であり、それでいて自然保護の砦でもあった国立公園に魅せられて、爾来、国立公園の研究家となってしまった(3)。
 イギリスで感心したもう一つは、ボランティア活動のことであった。
 ナショナル・トラストというものが19世紀末に設立されて、古い歴史建造物、貴重な自然を残すための財団を作って、大きな寄付を前提にして、会員の力で、古い歴史建造物、自然を保護する運動をおこなってきた(4)。
 ナショナル・トラストには数十万の会員が参加し、国立公園の15%近くの土地を所有し、国民に健全なレジャーの場を提供し、多くの会員がナショナル・トラストの所有する古い歴史遺物、貴重な自然の保護のためにボランティア活動をおこなっている。ナショナル・トラストの会員たちは、楽しんでそれをおこなっていた。今はナショナル・トラストの所有になっているある有名な貴族の館を訪れたが、ボランティアの人達が、喜々として案内役を買って出ている。
 イギリスの多くの地域で赤字で廃止された田舎の鉄道を、寄付を集めて地域活性化のために復活させ、観光の目玉にしているが、駅員や機関車の運転手、車掌の多くがボランティアでやっている。彼らは、ホビー(趣味)としてそういう活動を楽しんでいる。
 私は、つくづくイギリスはボランティア天国ではないか、などと感心したものである。
 その後、レジャー論の論文を書いているときに、ボランティア活動をレジャーの一種であると論じたことがある。頭の固い人から、ボランティア活動をレジャーなだと見なすのは、けしからん、ボランティアを冒涜するものだ、などと批判されたりした。
 これは、二つの点で間違っている。
 一つは、そうした人たちのレジャー観がおかしい。私は、レジャーというのは、遊びであると主張している。「遊び」というと、これまた、子供の遊びとか、女遊びとか、遊び人とかに用いられる「負」の印象が付きまとう。しかし遊びとしてのレジャーは、物質的な利害を超えて、他人から強制されたりしない、自主的な人間本来の行為である(5)。
 レジャーとしての自らおこなうスポーツは、金もうけのプロ・スポーツとは違い、特に観るスポーツとも違い、積極的に肉体と頭脳を鍛え、人間性をはぐくみ、仲間と楽しく過ごす人間的で健全な行為である。
 ボランティア活動も、基本的には、物質的利害を越えて、何らの義務でもなく、自主的に、社会や他の人々に、奉仕したり、助力する行為である。本質的に、ボランティア活動も自主的活動としてのスポーツも、レジャーの一つなのである。
 私は、経済学部同窓会の結成時に、現役の人にも、定年後の人たちにも、同窓会活動にレジャーとして参加して、楽しみましょう、と呼びかけた記憶がある。
 現在のわが同窓会は、会員が減ってきており、いつも会員拡大を如何にすべきか、そのために〇〇せねばならないなど、義務的な雰囲気が強くなってきており、楽しみとしての同窓会の側面がだいぶ欠けてきているような気がする。
 会員拡大も大事だが、同窓会に参加することが楽しいということもより大事ではなかろうか。同窓会に参加することが楽しければ、自ずと人も増えるというもの。ものごとは、そう簡単にいかないのはわかっているが。
 ともあれ、定年を迎えて、第二の人生をどのように生きていくか、思い惑っておられる経済学部卒業生のみなさん、大学の卒業学部を同じくする人たちが集まって、親交をかため、大学について論じあう同窓会にレジャーの一つとして参加してはどうでしょうか。結構、楽しいメニューがありますよ。


(1)レジャーとは何かついては、村串稿「レジャーの概念について」、『経済志林』第65巻第4号(1998年3月)、あるいは、村串・安江編『レジャーと現代社会』(1999年、法政大学出版局)の安江論文を参照。
(2)村串稿「ゆとりある余暇をもとめて―イギリス人庶民のゴルフライフ体験記」、雑誌『労働レーダー』、No.154-8、1990年3月―7月、連載。「ゆとりある余暇をもとめて―イギリス人庶民のホリデーライフ体験記」、雑誌『労働レーダー』、No.171-5、1991年8月―12月、連載。
(3)拙著『国立公園成立史の研究』(2005年、法政大学出版局)、拙著『自然保護と戦後日本の国立公園』(2011年、時潮社)
(4)ロビン・フェデン『ナショナルトラスト−その歴史と現状』(1984年、時潮社)
(5)遊びについての哲学的な研究にホイジンガ『ホモ・ルーデンス』(中公文庫)という古典的な名著がある。


(2015.2.9)

村串仁三郎教授 筆者:村串 仁三郎(むらくし にさぶろう)

東京生まれ
1969年4年 法政大学経済学部専任助手
1970年4月 同専任講師
1971年4月 同助教授
1980年4月 同教授
2006月4月 法政大学名誉教授

著書
1972年 『賃労働原論』(日本評論社)
1975年 『賃労働理論の根本問題』(時潮社)
1976年 『日本炭鉱賃労働史論』(時潮社)
1978年 『賃労働政策の理論と歴史』(世界書院)
1989年 『日本の伝統的労資関係−友子制度史の研究』(世界書院)
2000年 安江孝司との編著『レジャーと現代社会』(法政大学出版局)
2005年 『国立公園成立史の研究』(法政大学出版局)
2006年 『大正昭和期の鉱夫同職組合「友子」制度』(時潮社)その他多数