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法政大学経済学部同窓会同窓会特別講座>嶋崇氏
同窓会特別講座

後藤健二さんの死を悼む――イスラム国を肥大化させた私たちの社会の病巣
嶋 崇 氏(経済学部同窓会常任幹事、経済学研究家)
 法政大学の卒業生でジャーナリストの後藤健二さんが、イスラム国によって殺害されました。
 私自身、パレスチナをはじめとする中東の問題については、法政大学でその存在を初めて知り、初めて学びました。法政大学は、中東の平和を考える大学と認識していましたので、法政大学第二高等学校と法政大学社会学部で学び、戦時下での、子供を中心とする弱者の実情を世界に伝えようと、中東で果敢に取材をされた後藤健二さんが亡くなったことは、残念でなりません。
 後藤さんの著書『もしも学校に行けたら』(汐文社1,512円)、『ルワンダの祈り』(同1,512円)、『ダイヤモンドより平和がほしい』(同1,404円)は、その表紙を見るだけでも、戦争下の弱者に向けた、後藤さんの優しいまなざしが伝わってきます。
 私が、法政大学経済学部の出身者として、今回の事件で特に気になっているのは、イスラム国がネット上に公開したとされる映像で、後藤健二さんの後ろに立った黒い覆面の青年です。
 この青年の話す英語から、彼は、イギリス、ロンドンでの生活が長かったのではと報道されています。
 先日の『NHKスペシャル』でも、ロンドンで青年を勧誘する、イスラム国シンパ組織の映像が放映されました。それによると、イスラム国シンパ組織は、社会の底辺に追いやられ、行き場を失った若者たちを勧誘しているようです。
 欧米では、このように自国で育った若者が、イスラム国へと渡り、テロリストとなって送り返されてくることが、大きな問題になっています。
 そして、日本でも、昨年、就職活動に失敗した北海道大学の学生が、イスラム国を目指していたことが明らかになり、大きな社会問題になりました。
 では、このような状況が起こる背景には、何があるのでしょうか?
 ご存知のように、かつてのイギリスは、「ゆりかごから墓場まで」と言われる福祉の先進国でした。そして、戦後世界の盟主となったアメリカも、累進課税の最高税率が70%を超える時代が長く続きました(イギリスではそれ以上の、90%台を超える期間が長く続きました)。累進課税は一例にすぎませんが、公平、公正を優先させる思想が息づいた時代があったわけです。
 それが、明確に崩れ始めたのは1980年代からです。ではこのとき、何が起きたのでしょうか?
 私たちが大きく関わる経済の分野で注目しなければならないのは、経済効率を最優先し、市場原理を絶対の正義とする、新自由主義の台頭です。シカゴ大学のミルトン・フリードマンをはじめとする新自由主義学派は、1976年にフリードマンがノーベル経済学賞を受賞したこともあって、政治への影響力を急激に増し、イギリスでは、1979年に成立したサッチャー政権により、アメリカでは、1980年に成立したレーガン政権により、新自由主義学派の考えは、政策に全面的に取り入れられることになりました。そして日本でも、1982年に成立した中曽根政権が、レーガン大統領の盟友をうたい、新自由主義の傾向を強めます。
 もちろん、新自由主義が台頭した背景には、ポール・サミュエルソンをはじめとする新古典派総合(近代経済学として習った方が多いと思いますが、市場原理を基礎とする新古典派経済学と、金融政策、財政政策を重視するケインズ経済学を融合させた経済学)の行き詰まりもありました。その最たるものがスタグフレーションです。この問題の背景としては、硬直的な労使関係、急激な原油価格の高騰などが挙げられていますが、今回の限られた文字数の中では、この問題への深入りはしません。ただし、明らかなのは、たとえ新古典派総合の考え方に不備があったとしても、それを否定する形で台頭した新自由主義が正しいとは、決して言えないということです。「家の前を横切った動物は犬ではないようだ、ではゾウだ」と言えないのと同じです。
 そして、新自由主義の台頭は、深刻な変化をもたらしました。
 先ほどの累進税率でいうと、イギリスは1980年代末には最高税率は40%にまで急落し、アメリカにおいては、1980年代末になんと30%を割り込みました。
 その結果生じたのが、蓄積された資本の増大です。トマ・ピケティ氏の『21世紀の資本』(みすず書房5,940円)によると、イギリスにおける民間資本の市場価値(国民所得に対する%)は、それまでの300%で落ち着いていた状態から急激に上昇をし始め、2010年には500%を超えるまでになっています。しかも、ピケティ氏によると、資本の収益率は、相変わらずほとんど変化がないとのことです。
 経済成長率が低く、人口もほとんど増えない中で、資本がふえ、その収益率が変わらないということは、労働価値説から見れば、労働分配率の低下が起きていることになります。
 そのために、どのようなことが起こったかについて、今度は、イギリスと同じ傾向をたどった、アメリカの例を見てみましょう。
 アメリカでの所得格差は、戦後から1970年代まで、低位で安定していました。所得上位十分位(上位10%)の占める割合でいうと、この期間はほぼ35%以下です。それが、新自由主義を採用するようになった1980年代から急激に上昇し、2000年代半ばには、戦前と同じ50%に逆戻りしています。先に挙げた状況から見ても、当然といえば当然の結果です(『21世紀の資本』には、アメリカの高額所得者の場合、資本収益に加え、超高額の役員報酬も影響していると書かれていますが、役員報酬は資本収益からの分配ですので、私は同じことだと考えています)。
 以上みてきたことから言えるのは、今の社会は格差が絶望的に拡大し、しかも、それが固定化されつつある社会であるということです。もはや、「個人の努力不足が貧困の原因だ」とは言えない状況であるということです。

 昨年、作家で活動家でもある雨宮処凛さんと講演でご一緒したことがありましたが、雨宮さんが著した本に、『生きさせろ! 難民化する若者たち』(ちくま文庫864円)があります。この本の初版は2007年、小泉改革によって、日本でも新自由主義が徹底された時代です。
 この本のタイトルについて、雨宮さんに伺ったところ、フリーター達のデモの中で、自然とわきあがった声だということです。雨宮さんは、取材を続ける中で、以前取材した若者たちが、何人も自ら命を絶つという状況に遭遇しました。雨宮さんが、講演の最後に語った言葉が印象的です。「今の時代、若者が生きるには、目標を高く置かないことが重要です。私の毎年の目標の1つが、『今年も生き延びる』。年末生きていられれば目標達成」「生きさせろ!」という悲痛な叫びをあげ、一年間生き延びることを目標にせざるを得ない。これが、新自由主義下での私たちの「ゆたかな社会」で起きている現実なのです。
 雨宮さんが報告する日本の若者の現状と、最初にお話しした、イスラム国の勧誘を受けるイギリスの若者の状況は、見事に符合します。となると、イスラム国に若者を送り込み、イスラム国を拡大している原因の無視できない部分は、新自由主義という、私たちの今の時代の、政治経済システムにあると言えます。「新自由主義では生きづらい」、「それならイスラム国のほうがいい」、という若者を、私たちの経済システムが作り上げているわけです。
 昨年9月、ノーベル賞に最も近いと言われた経済学者の宇沢弘文氏(主著『自動車の社会的費用』岩波新書756円、『社会的共通資本』同864円)が亡くなりました。宇沢氏は、新自由主義派のまさに牙城となったシカゴ大学で研究を続けていましたが、新自由主義派とたもとを分かち、1968年に帰国します。その宇沢氏が常に語っていたのが「私はね、社会の医者なんだよ。社会の病理を治療しなくてはいかんのだよ」という言葉です。
 経済学の先人として、この志で問題に取り組んだのが、カール・マルクスとジョン・M・ケインズです。そしてこの2人の経済学を、私たち法政大学経済学部は、得意としていました。
 宇沢氏は「経済学の原点は人間、人間でいちばん大事なのは、実は心なんだね」とも語っています。市場原理を絶対の正義とし、追い詰められた若者を切り捨てる新自由主義経済学から、法政の経済学が本来得意とする、「人間が中心の経済学」へのシフトが求められる時代なのだと思います。
 後藤健二さんのご家族や近しい方は、後藤さんの死を、憎悪の連鎖、報復の連鎖にしてはならないと語っています。その思いは、後藤さんも同じだと思います。私たち、法政大学経済学部に学んだ者にとって、私たちの社会の経済システムに潜む、イスラム国を肥大させる病巣を明らかにし、それを変えていくことが、後藤さんの志を引き継ぐことになるのではないでしょうか。

(2015.2.27)

嶋崇氏 筆者:嶋 崇(しま たかし)

1961年 東京都生まれ
1984年3月 法政大学経済学部卒
卒業後、樹脂加工メーカー勤務後、編集プロダクションに入り、
新聞社のグラフ雑誌の取材・編集を担当。
その後、雑誌出版に移り、健康雑誌、新製品情報誌などの編集に携わる。