村串名誉教授の「卒サラ・起業家インタビュー・シリーズ」
 第1回 山中浩市さん(経営コンサルタント)
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 卒サラ・起業家インタビュー・シリーズ第1回


 !サラリーマン生活でえた経験と知識を生かして経営コンサルタントとして自立!
山中浩市さんプロフィール
1956年、福岡県に生まれる。
1992年、法政大学経済学部通信教育部卒業。
積水工事(現積水アクアシステム)株式会社を経て、積水化学工業株式会社に入社。営業、販売促進、企画等を担当。大阪、東京、埼玉など全国各地で勤務。
2008年、株式会社中央ビジネスアソシエイツを設立して、独立。今日に至る。
 インタビューアー=村串仁三郎(経済学部同窓会ホームページ部会長、法政大学名誉教授)



(村串) 今日は、卒サラ・起業家インタビュー・シリーズの第1回インタビューに応じていただき有難うございます。
 ちょっと本論に入る前にひとこと言っておきたいのですが。実は最初、「脱サラ・起業家インタビュー・シリーズ」という表題でこのインタビューをやっていこうと話し合っていましたが、「脱サラ」という言葉に違和感があるという意見がでまして、「卒サラ」、つまりサラリーマンを卒業して起業するというキャッチフレーズのほうが、いいのではなか、ということにしました。
 ではまずはご挨拶をお願いします。
(山中氏) こちらこそ、たいへん素晴らしい企画にお招きいただき、有難うございます。

(村串) さて、さっそくですが、山中さんは現在どのようなお仕事をされているのですか?
(山中氏) そうですね。分野としては、経営コンサルタント会社の経営ということになりますね。おもに中小企業の経営者の方、個人医院の先生方が中心になりますが、経営相談にのったり、スタッフ教育のお手伝いをしたり、経営に関すること全般の総合的な改善提案を行っています。経営者の方から「この部分を」というスタイルではなくて、当社から「総合的にこことここの改善が必要」という感じの内容のご提案をしています。

(村串) どういう会社でそうした仕事を行っているのですか?
(山中氏) 株式会社中央ビジネスアソシエイツといいまして、京都の会社です。

(村串) ところで、今日の質問の核心ですが、いつ卒サラされたのかお伺いできますか?
(山中氏) 卒サラしたのは2007年ですので、ちょうど今が3期目になります。

(村串) そもそも、サラリーマンを辞めて、企業しょうと思ったきっかけは何だったのですか?
(山中氏) 会社員として、いろいろな部署や会社で仕事をしてきて、ずっと独立の希望がありましたね。独立するなら年齢的にも早い方がいいと思っていましたし、そろそろ潮時かなと言う感じがしたので、思い切って独立しました。

(村串) 会社を起すことに不安はなかったのですか?
(山中氏) もちろん、なかったといえばウソになりますね。家族もありますし、生活の不安が第一にありますから。一従業員から経営者になることの重さを完璧に理解していたのかと聞かれると困るのですが、今しかないという思いの方が強かったですね。

(村串) よく思い切って起業しましたね。
(山中氏) 今から考えるとそうですね。でも、サラリーマンとしてする仕事に限界というか、制約を感じていましたので、もっと巾広く内容の濃い仕事ができるはず、という思いが勝ちました。まあ、会社員として手をぬいていたわけではないのですが、ひとつのことにもう少し時間をかけたいとか、もっと深く切り込みたいとか、そういった時に、自分で決断できるということが大きいですね。



(村串) 会社は、従業員は何人おられるのですか?
(山中氏) わたくしと、スタッフ2名の計3名です。

(村串) 会社の業績を伺いたいところですが、3名の企業では言いにくいでしょうから、あえて聞きません。現在会社の経営はうまくいってるといえますか?
(山中氏) おかげさまで、忙しくさせていただいております。

(村串) なるほど、それは結構ですね。ところで、山中さんのご経歴ですが、まずご出身はどちらですか?
(山中氏) 父が転勤族だったもので、生まれたのは九州の福岡の小倉というところですが、育ったのは主に兵庫、大阪、京都です。

(村串) 大学はどこに行かれたのですか?
(山中氏) 最初に法政大学の経済学部に入学しました。でも、せっかく入学した大学を4年在学しながら結局ほとんど通学せずに中退しています。大学生になったからとアルバイトを始めたんですが、その面白さにのめりこんでしまって・・・。

(村串) ほー、そんな面白いアルバイトって何だったのですか?
(山中氏) 都内にある大手フィルムメーカーの子会社で、カラー写真の現像の仕事でした。小さいころから写真が好きだったこともありますが、当時も今も、やはり写真は一番の趣味ですね。

(村串) 大学は中退されたのですか。それもまた勇気がいったでしょう。
(山中氏) うーん。勇気のいる決断だったはず、なんですが・・・、当時は何も考えていなかったですね。きっとただの未熟者、だったんでしょうね(笑)。かっこよく言うと、仕事のおもしろさと、お金を稼いでいる実感に浸りすぎていて、大学生でいること、大学を卒業することの意義や理由を考える暇がなかったというか、意味のないものと短絡的にきめつけてしまっていたんですね。今から思うと、暖かく見守ってくれていた亡き父に申し訳ないことをしたなあと思います。

(村串) 略歴によると、後から法政大学の通信教育部で経済学部を卒業されているんですね。
(山中氏) そうなんです。入学した当時は、企業にも勤めており、大学卒業の必要性もぜんぜん感じていなかったのですが、妻と結婚するときに、義父からどうしても大学は卒業するようにと結婚に条件をつけられまして・・。そのときは、いまさら卒業することにどんな意義があるのか疑問だったのですが、まあ義父のことばでもあるのでとりあえず、という感じで再入学することにしました。

(村串) 働きながら通信教育を受けるというのは、どういった感じだったんでしょうか? 働きながら、こつこつ勉強するわけですよね。
(山中氏) そうですね。毎日仕事で疲れていますし、さまざまなスケジュールの調整も必要になってきます。読むこと書くこと、時間のかかることばかりですし、スクーリングにも出席しなくてはなりません。これなら学生のときにアルバイトと両立したほうがよっぽど楽だったなあと何度も思いましたね。

(村串) 卒業までに何年かかりましたか?
(山中氏) 結局6年かかりました。なんどもあきらめかけたのですが、会社の上司や家族に励まされて何とか卒業することができました。その時の上司はもう退職されご高齢になられていますが、わたくしの人生の恩人のひとりと思っています。



(村串) 通信教育部を卒業して何か山中さんの中で変わりましたか?
(山中氏) 変わったというほどではないですが、卒業したその当時は、やりとげた達成感というか、やればできるみたいな気持の変化ですかね。でも、いまは、卒業したことに違った意義を感じるようになっています。同窓であるというだけで、連帯感や親近感が生まれたり、言葉にあらわせない嬉しさを感じることがあります。義父の伝えたかったのはこのようなことなのかなあ、と思うことがよくありますね。

(村串) なるほど。では、その当時や独立されるまでのお仕事についてお聞かせいただけますか?
(山中氏) 退職したのはメーカーです。関連子会社への出向や何やかやで、いろいろな部署に所属し、部門や会社でいうと10か所以上異動したことになります。

(村串) その10か所というのは普通なんですか?
(山中氏) いや、社内でもかなり多い方だったと思います。それに、普通は関連会社に異動しても、業務的には、同じような仕事や同じ業界が多いのですが、私の場合は、新規事業の立ち上げであったり、事業の統合であったり、異動イコール全く新しい仕事でしたから。結果的には幅広くさまざまな経験を積ませてもらいました。



(村串) 現在のお仕事について具体的に教えてください。毎日どのようなことをされているのですか?
(山中氏) そうですね。コンサルタントと言うのは、いろいろあると思うのですが、私はじっくりクライアントのためになる策を実行支援するのがコンサルタントの役割だと思っています。セミナー講師とか、ハウツーや過去の自分の成功事例などを披露されるコンサルタントもおられるのですが、私はどうしても、口下手なせいか、言うだけというのが性に合わないタイプでして・・・。 実行支援は、社内のしくみや社内外文書の作成から、経理的な面まで様々ですね。最近は、時代のせいもありますが、銀行からの借入のための事業計画作成支援も多くなっています。だいたいそのクライアントの顧問税理士の先生などは、増収増益の事業計画を立てたがるようなのですが、実はそこに大きな落とし穴があるんだ、ということを理解していただくのに、結構時間がかかったりします。

(村串) 現在の仕事に限界はまだ感じておられないでしょうが、ぶつかっている問題というか何か困るようなことはありますか?
(山中氏) そうですね。責任の重さと言うか、企業に所属していた時には制約があり、やりたいことがすべてはできなかったことが不満というか、気持の中でもっと自由にやれたらという思いがあったのですが、いざ自分で独立してコンサルタントの立場になると、やりすぎというか、力のコントロールに逆に注意を払いますね。それと、一番の大切なことは、経営者のかたの気持ちを共有してくれる若い社員がどんどん育ってほしいということですね。「うちの人間であれば、だれが担当しても同じ結果がでる、」みたいなそんな一丸となった組織が理想なんですが、あたりまえのようで、それが永遠の課題でしょうね。

(村串) ところで、卒サラをして、経営コンサルタント会社をおこされたわけですが、独立するときの手順というか、会社をおこす法定な手続きというようなことを教えてください。
(山中氏) 何年か前に、会社法が整備されたことによって、事業規模に応じて以前より簡単に株式会社がつくれるようになっています。取締役が社長だけ1人でも株式会社が作れますし、取締役会、監査役会も必ずしも必要なものではなくなっています。資本金の金額の制限もありません。ただし、どういったタイプの会社にするかを決めたら、そのための、法律にのっとった事務手続きはやはり必要です。定款を作成して公証人役場で認証をうけて、法務局で登記申請をすれば、会社設立が認められます。その手続きは司法書士さんや行政書士さんに依頼するものと思っている人が多いですが、公証人以外の部分は全部自分でやることもできます。

(村串) 山中さんは、手続きをどうされたのですか?
(山中氏) 一応全部自分でやりました。まず自分で何でもひととおりやっておかないと、人にアドバイスできないですからね。お役所相手の法律にもとづく手続きなので、かなり面倒な作業であることは事実です。でも今の役所の担当の方はとても親切で、何か間違いがあっても、ただ突き返すのではなく、どこが間違いでどうすればいいのか、をていねいに教えてくれますので、コスト削減のことなどを考えると、ご自分でされることをお勧めしますね。

(村串) 目下、未曾有の大不況といわれていますし、卒サラして起業というよりは、リストラで会社を首になってしまう時代ですから、卒サラ・起業のすすめというわけには、いきませんが、卒サラして起業したいと思っている人は少なくないと思います。そういう人たちに何かアドバイスをお願いします。
(山中氏) アドバイスを語れるほどでもないですが、そうですね。まあ、起業しようとお考えになる以上は、何らかのコアになる事業と最低限度の資金の目途はあるわけでしょうから、それらを別にすると、後は大切なことは、現状把握の能力と、幅広い人脈、のふたつに尽きるように思いますね。

(村串) 山中さんの場合は、起業前にそのすべてがしっかり準備されていた?
(山中氏) いやいや、とんでもないです。起業する時点ではしっかり準備をしたつもりでしたが、今でも本当にお寒い限りです。でも、人脈作り、人間関係の幅を広げる努力は、ずっと続けています。

(村串) それは、具体的に言うと?
(山中氏) なかなか、具体的には言いにくいですが、地元でのボランティア活動から、商工会議所などの団体のイベントへの出席、サラリーマン時代の仕事関係まで、とにかく自由に幅広く、です。これは、サラリーマン時代と発想を変えると、意外にきっかけは簡単に作れるもので、後はその本人の危機意識とやる気次第、と言えるかもしれません。

(村串) なるほど、背水の陣ですね。ところで、最近ビジネス書をだされたそうですね。
(山中氏) 「会社の数字がみるみるわかる本」という本を秀和システムから出版しました。


   山中氏の著書
『会社の数字が
みるみるわかる本』
    一般の書店で販売
されているところ

(村串) 大変売れているそうですが。
(山中氏) おかげさまで。 わかりやすくするために身近な例を交えて書いたのがよかったと思っています。人間の気持ちの「キライの壁」をとりのぞけば、意外と簡単な話だったりするので、「なあーんだそんなことなのか」と思ってもらえればと考えて書きました。

(村串) 現在京都で、法政大学校友連合会の全京都支部の活動をされているそうですが・・・。
(山中氏) そうなんです。サラリーマン時代と違って時間的に少し融通がつきますし、お手伝いができるならとお引き受けしました。最初は、何の気なしにお引き受けしたのですが、今では卒業生のひとりであることに喜びを感じるというか、いろいろな出会いや、つながりが、校友連合会という輪の中でひろがっていくのが嬉しいですね。大学を卒業することの意義というか、こういった喜びがあるんだなあ・・と義父に感謝しています。

(村串) 最後に今後の会社の展望についてお聞かせください。
(山中氏) そうですね。先ほども申しましたが、同じ気持ちで真摯にお客様である会社と向きあえる社員を増やしたいですね。最低限、私の持っているノウハウを使って1件でも多くのお客様によろこんでいただけると嬉しいですからね。当然私自身のレベルアップも必要になります。

(村串) では、山中さん個人としての将来の抱負といったものはいかがですか?
(山中氏) 個人としてということでしたらやはり、母校法政大学の知名度の向上とかグレードアップに少しでも貢献したいですね。京都でもそうですが、地方ではやはり、早稲田や慶応にはかなり差を開けられているのは事実なんです。



(村串) 長時間、たいへん興味深いお話を伺いありがとうございました。今後のますますのご発展とご活躍を期待しています。
(山中氏) こちらこそありがとうございました。




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  『会社の数字がみるみるわかる本』の紹介は下をクリック願います。
  「私こんな本を出版しました!『会社の数字がみるみるわかる本』」


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