第 28 回 (2020年) 受 賞 者
A賞 鈴木豊『中国経済の制度分析⦿契約理論・ゲーム理論アプローチ』(2020年、日本評論社)

第28回森嘉兵衛賞について

森嘉兵衛賞審査委員会は、今年度に応募があった鈴木豊『中国経済の制度分析⦿契約理論・ゲーム理論アプローチ』(日本評論社、2020年1月)について慎重に審査した結果、本書を本年度の森嘉兵衛賞のA賞とすることを決定した。
鈴木豊『中国経済の制度分析⦿契約理論・ゲーム理論アプローチ』は、講評にもあるように、中国経済の制度分析(重要トピック:中央地方関係、所有制改革、貿易 vs 直接投資、産業組織)を、契約理論・ゲーム理論アプローチで「一貫して体系的」に書き下ろした労作で、これまでに類書のない独創的な研究である。
本年は、経済学学部設立100周年記念の年に当たっており、しかも著者の、本学部の学部長である鈴木豊教授の著作の森嘉兵衛賞の受賞は、象徴的であり、
大変おめでたいことである。

2020年3月末日

森嘉兵衛賞審査委員会
委員長 村串仁三(元経済学教授、法政大学名誉教授)
委員 主査 廣川みどり(経済学教授)
宮﨑憲治(経済学部教授)
竹口圭輔(経済学部教授)
木村清司(愛国学園大学教授・同窓会)

講評:鈴木豊『中国経済の制度分析⦿契約理論・ゲーム理論アプローチ』についてー廣川みどり(経済学教授)

鈴木豊(すずきゆたか)氏は、東京大学大学院経済学研究科の院生時代より、ゲーム理論や契約理論を応用した産業組織や企業の分析に関心を持ち、研究を続けていたが、法政大学に就任後、共同研究の機会を生かしつつ、中国経済の制度的側面にフォーカスした研究を精力的に進めてきた。
周知のごとく、中国は西欧諸国や日本とは根本的に異なる経済体制を前提としながら,前代未聞のスピードで経済発展を成し遂げたが、それを支えた制度的な要因は何なのか。本書は契約理論やゲーム理論の光を当て、この問題を解明することに向けられている。
鈴木氏と同じく、理論経済学を専門とする立場から言えば、中国経済の制度的諸条件について、ミクロ的な理論的基礎を与える論考の試みや実証分析は数多く見られる。しかし、鈴木氏の本著作は、中国経済の制度分析(重要トピック:中央地方関係、所有制改革、貿易 vs 直接投資、産業組織)を、契約理論・ゲーム理論アプローチで「一貫して体系的」に書き下ろしている点で新奇性が高く、今後の中国経済研究に大きなインパクトをもたらすものとなろう。
本書は4部建ての7章構成からなる。
第Ⅰ部「中央地方関係」は、ひとつの章からなり、中国における中央地方政府間財政関係についての契約理論分析を行っている。1978年の「改革開放」以降の中国の発展については、財政の分権化が大きく寄与したとされている。鈴木氏は、改革開放後の時期を2つの財政レジーム(1980年~93年の財政請負制、1994年以降の分税制)に分け、異なるふたつのレジームについて、契約理論・メカニズムデザインの枠組みを用い、ひとつの統合モデルによって分析する。中央が地方に徴税を委託しその一定割合を収めさせる請負制度「包(パオ)」と地方政府間を競争させる競争制度「比賽(ヒサイ)」とが、いずれのレジームのもとでも経済発展への地方政府の前向きな努力を引き出し、経済成長をもたらす仕組みを明らかにしている。本章は、氏の制度に対するアプローチを最も端的に表した意欲的な章であり、独自の貢献や斬新な視点も随所に盛り込まれている。
第Ⅱ部「所有制改革」は、第2章から第4章からなり、現代中国のガバナンスの問題、より具体的には、国有企業の民営化問題、浙江省における郷鎮企業の盛衰と市場経済の発展、そして、郷鎮企業のMBO(経営管理者の自社買収)を通じた民営化といった、現代中国史上最大の経済実験といえる「所有制改革」について、不完備契約理論、ゲーム理論を用いて理論的に分析している。第Ⅱ部全体として、国有企業、郷鎮企業という中国に特徴的な所有形態の企業を分析し、民営化の進展の理由と、最後の民営化プロセスの分析まで、ストーリー展開にも配慮している。
第Ⅲ部「国際経済 貿易 vs 直接投資」は2章建てである。第5章では、国際寡占におけるダンピング行動とアンチ・ダンピング法について、無限期間の動的寡占モデルを使って考察し、近年の米中貿易摩擦への含意を導出している。第6章 「垂直統合型多国籍企業の出現(外資による国内資産の合併買収)」への不完備契約(資産所有)アプローチは、中国経済の主要プレーヤーの一つであり、外資企業(親企業)と中国国内の子会社(工場)が、生産プロセスの逐次的ステージを構成する「垂直統合型多国籍企業」の行動原理を「不完備契約理論」の視点に基づいて分析している。
最後の第Ⅳ部「産業組織 ゲーム理論を使った事例研究」では、中国の巨大な映画市場に対して、2018年に日中両国間で締結された「日中映画共同製作協定」がどのような役割を果たすかを、契約理論・ゲーム理論を用いて理論的に分析し、共同製作映画の持続的成功への鍵を分析している。
以上、中国のめざましい経済発展を支えた諸制度の役割を契約理論やゲーム理論を駆使して体系的に分析した本書は,和文では類書がなく、各章では制度の正確な把握と著者のオリジナリティ溢れる緻密な理論分析が展開された画期的なものである。本書は中国についての分析であるが、中国以外の途上国経済についての同様な分析への途の嚆矢となり、貴重な情報源ともなるであろう。また、鈴木氏も記しているように、教育上の観点でも、大学院生のみならず野心的な学部学生にも、面白く刺激的で大変参考になる書物ともなるに相違ない。
以上より、本書は紛れもなく森嘉兵衛賞A賞の栄誉を冠すべきものと評価する。

なお、鈴木氏は2年間の経済学研究科長に引き続いての3年間の学部長の激務のなかで、第一線の研究者として果敢に研究を続け、その成果を見事に結実させた。驚きとともに、心より称賛のことばを送りたい。

廣川みどり(経済学教授)

著者略歴:鈴木豊氏

略歴
1990年、東京大学経済学部卒
1995年、東京大学大学院経済学研究科第2種博士課程単位取得退学
1995年、法政大学経済学部特別研究助手就任
1996年、法政大学経済学部助教授就任
1999年、東京大学より経済学博士号授与
2001年4月(1年間)、スタンフォード大学経済学部客員研究員
2002年4月(1年間)、ハーバード大学経済学部客員研究員
2004年、法政大学経済学部教授就任
2011年9月(1年間)、ハーバード大学経済学部客員研究員
2017年4月から現在まで、経済学部長

専攻 理論経済学、情報経済論
主著
『中国経済の制度分析⦿契約理論・ゲーム理論アプローチ』(日本評論社、2020年1月)
『完全理解 ゲーム理論・契約理論』(2016年、勁草書房)
『ガバナンスの比較センター分析―ゲーム理論・契約理論を用いた学際的アプローチ』(2010年、編著、法政大学出版局)、その他編著多数