第 25 回 (2017年) 受 賞 者 |
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B賞 | 久慈勝男『日本人と馬の文化史』(2016年、文真堂) |
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■第25回森嘉兵衛賞について
森嘉兵衛賞審査委員会は、今年度応募があった久慈勝男氏の『日本人と馬の文化史』(文真堂、2016年刊)について、慎重に審査した結果、本年度の森嘉兵衛賞のB賞とすることをを決定した。
久慈勝男氏は、森嘉兵衛先生と同じの岩手の出身であり、いわゆる大学の研究者ではないが、長い間民間の研究機関で研究活動を経験され、今回、森先生との交流で関心をもたれた馬についての研究、『日本人と馬の文化史』をもって森嘉兵衛賞に応募された。
馬は、古くから人間の生活、経済、政治なかんずく軍事と密接に関連してきた。本書は、講評で指摘しているように、人間と馬の関係を古墳時代から古代、近世、現代にたるながい歴史と日本に限らず東アジアという広い地域から総合的に研究した類書にみないすぐれた労作である。
審査委員会は、その内容からみて、森嘉兵衛賞B賞に値する優れた著作であるとして評価した。
2017年3月末日
森嘉兵衛賞審査委員会 | ||
委員長 | 経済学部長 | 奥山利幸(経済学部教授) |
委員 | 主査 | 村串仁三郎(法政大学名誉教授) |
鈴木豊(経済学部教授) | ||
橋本到(経済学部教授) | ||
藤田貢崇(経済学部教授) |
■講評:久慈勝男『日本人と馬の文化史』(文真堂、2016年、本体2800円、全432頁)
本書は、日本人と馬の関係について東アジア文化圏の視野から古墳時代を含む古代から現代にいたる長期間にわたって論じたかなり特異な研究書である。
人と馬の関係とは、時代によってことなるが、一般的にいえば、人間の経済活動の面からは、食糧、馬の皮などの生産材料、狩猟や牧畜、農業のなど生産手段、交通・運送手段、貢物、ある時は貨幣の代替物、あるいは政治の面から軍馬としての軍事手段、国内外の有力な戦争手段、あるいは文化の面から乗馬、競馬などの嗜好対象、セラピーの手段などきわめて多岐にわたっている。
本書は、人と馬の関係を古くはモンゴル、中国、朝鮮において、主に一貫して日本において、「日本人と馬の文化史」と名うって考察しているが、文化史というよりは、人間と馬の経済、政治(特に軍事)文化の社会全体の関係史、つづめて言えば「人と馬の社会経済史」といったほうがわかりやすいかもしれない。
本書は、3つの章からなっている。
第1章「東夷の国家形成と騎馬文化」と題し、主に古代期の人と馬の関係を「馬の渡来に至る経緯を騎馬文化の成立にさかのぼって述べ・・・弱小国家が相争う時代から律令国家成立に至る道のりを中国統一王朝成立との関係、朝鮮半島諸国家のめまぐるしい攻防への関与を通してたどる」。
第2章「馬を制するものが天下を制す」と題し、主に中世・近世期の人と馬の関係を「唐の衰退とともに内向きの権力闘争に転じた時代」「天皇親政から摂関政治へ、さらに武士政権へと権力がうつっていく」過程で「その原動力となった馬の活躍を描く」とともに「兵(つわもの)は馬とともに現れ」「時代はそのカリスマ性に期待した」さまを明らかに知る。
第3章は、「植民地支配を進める列強と東アジアの苦悩」と題し、主に近代の人と馬の関係を「欧米列強の東アジア進出の中で富国強兵を推し進めアジア、太平洋で侵略戦争に踏み込んでいった時代と、敗戦後の経済成長に邁進した時代」の中で、「馬たちは洋種馬の血を入れられことで品種改良され、活兵器・物言わぬ戦士として戦場に送られ」、「敗戦後は経済合理性優先のもとで地域社会から姿を消したばかりでなく、地域社会そのものも衰退する姿を追う。」
小文では細かな点について詳しく紹介しきれないが、人間と馬の関係について、本書は通史的にきわめて興味深い考察を行っており、森嘉兵衛B賞にふさわしい労作である。なお、あえて指摘すれば、人間と馬の関係を社会全体の歴史の中で論じようとする正当な意図がやや過剰なため、主テーマである人間と馬の関係についての記述が手薄(全体の3分の1程度か)になっている観があり、本来のテーマである人間と馬の関係もっと詳論すればより興味深い著作となったのではないかと惜しまれる。
■著者略歴:久慈勝男氏
1944年、岩手県久慈市に生まれる。
1967年、早稲田大学第一政経学部卒。
1967年、(株)日本リサーチセンター入社。
以後、住民運動などの社会的紛争、社会思潮・価値観などを研究、同社常務取締役研究所長を歴任、また流通経済大学、名古屋商科大の非常勤講師、雲南大学客員教授、その他政府機関委員など歴任。
現在、三陸の郷土史研究者として活躍中。三陸歴史未来学会主宰。
主な研究書
『三陸の歴史未来学』、2013年、日本地域社会研究所。
その他編著、論文多数。